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西武・そごうの元旦広告に関する議論で感じた違和感

そごうの元旦広告

あけましておめでとうございます。

年明け早々、Twitter上では元日の新聞広告に関する議論が活発に行われています。議論するのはとてもいいことだと思うので、この機会に、私も私の考えを整理しておきたいと思います。

話題になっているのは、西武・そごうの広告。(こちらは動画バージョン)

文章を下から読むと意味が一変する、というすばらしいアイデア。ビジュアルやコピーにも力強さがあります。

しかし、Twitterを見ていると、この広告に対する評価は賛否両論。

批判的な意見の多くは、「あれでモノが売れるのか」というもの。同じく元旦に掲載されたNetflixの新聞広告と比較されているツイートも多く見かけました。

それに対して、肯定派の意見は、「Netflixは販促広告だけど、そごうはあくまでブランディング広告」「ブランディングだから、あれでモノが売れる必要はない」など。

確かに、販促を主目的とした広告と、ブランディングを主目的とした広告では、役割が全く異なります。ですので、西武・そごうとNetflixの広告を一概に比較するのはナンセンスでしょう。

しかし、「あの広告はブランディングが目的だから…」で思考停止してしまっているとしたら、それもまた危険な話だな、というのが今回の議論の中で私がもっとも感じた違和感です。

そんなことを考えていたら、去年読んだ本のこんな一節を思い出しました。

プロダクトの便益に結びつかない広告は、広告自体の好感度は上げるものの、その商品を買いたいかどうかという態度変容を起こすことが難しいのです。それはマーケティングコストをかけて顧客から広告の好評を得たわけで、ブランディングではありません。

西口 一希. たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング

どんなに素晴らしいアイデアや表現で広告自体の好感度が上がったとしても、それが「ブランディング」として機能しているかどうかは、また別の話です。

  • その広告は、ブランドのどんな価値(便益)を表現しているのか?
  • その価値は、そのブランドを選択する理由につながるのか?

ブランディングを目的にした広告なのであれば、そのような視点から見る必要があると思うのです。

ちなみに、西武もそごうも私の生活圏内には店舗がないので、この場で私が今回の広告の是非を論じるのは控えたいと思います。西武・そごうの特徴やおかれている環境など、必要な予備知識があまりにも不足しているためです。

もっと言うと、今回の元旦広告が本当に対外的な「ブランディング」を主目的にしたものだったのかどうかも定かではありません。そう考えると、「ブランディング広告」だと決めつけて議論するのもはばかられます。

あくまで今回言いたかったのは…

  • 「広告自体の好感度」と「ブランディングとしての効果」は別物
  • 「ブランディングだから…」で思考停止するのは危険

ということです。

これは、広告代理店の営業時代に、「この広告はあくまでブランディングなので…」というひと言で、クライアントへの説明責任を放棄してしまっていた自分自身への戒めでもあります。