企業のマーケティングを考えるうえで欠かせないのが、ひしめく競合との競争に打ち勝つための戦略です。「マーケティング戦略」という意味では、さまざまな戦略が考えられますが、特にこの「競合との競争」という観点において有効な戦略としては、大きく「4つの基本戦略」に分けられると、私は考えています。
ポーターの「3つの基本戦略」
そもそも、競争の基本戦略といえば、下図に示した、ポーターの「3つの基本戦略」が有名です。

業界全体をターゲットに低コストで打ち勝つ「コストリーダーシップ戦略」
業界全体をターゲットに特異性で打ち勝つ「差別化戦略」
特定セグメントをターゲットにした「集中戦略」
ポーターは著書『競争の戦略』の中で次のように語っています。
“このうちのどの戦略でも、うまく実行するには、ふつう全力投球の心構えと組織面での支援体制が必要である。この体制は、戦略の主目的が二つ以上になると、ぼやけてくる”
私もこの本を読んだとき、とても納得し、共感したのを覚えています。企業が競争を勝ち抜くうえでは、このいずれかの戦略を選択する必要があるのだ、と。
「3つの戦略」の疑問点
しかし、この「3つの戦略」を実際の市場や企業に当てはめて考えていく中で、2つの疑問が私の中で生じてきました。
(1) 現代において「低コスト」だけを武器に業界全体で勝ち抜けるのか?
ポーターの「コストリーダーシップ戦略」は、積極的な設備投資と高い市場シェアの確保によるコスト削減が前提になっています。40〜50年も前であれば、そうやって低コストを実現することで、高い競争優位性を獲得できたでしょう。しかし、価格競争が熾烈な現代の市場では、「低コスト」だけで業界全体を相手にできるほど甘くはありません。
少しでもコストを抑えようとする努力は、どんな企業でも当たり前に行っており、すでに多くの企業が限界に近い価格設定をしています。特に、業界全体で戦っている大手企業においては、なおさらです。そんな中でさらにコストを下げるには、なんらかの機能や価値を省くなど、商品・サービス側の見直しが必要になります。しかし、低コストを実現するために、多くの消費者が望む機能や価値を省いてしまえば、特定のセグメントには評価されても、業界全体で勝ち抜くことは難しくなるでしょう。
つまり、現代において、「低コスト」だけを武器に業界全体で勝ち抜くことはできないということです。
実際に業界全体で勝ち抜いている企業を考えてみましょう。トヨタも、セブン-イレブンも、イオンも、すかいらーくも、ドコモも、ユニクロも、アップルも、電通も、「低コスト」だけを武器にしている企業は見当たりません。
(2) 差別化で業界全体は狙えるのか?
差別化とは、競合との「違い」を作る戦略です。違いを作ることで、業界全体を狙うなんてことが果たして可能でしょうか?
例えば、あなたの企業は市場で2〜3番手の企業だとします。その場合、差別化戦略をとるとなると、No.1企業との違いを作ることになります。つまり、No.1企業とは異なるニーズの顧客を狙うことになるのです。その時点で、業界全体をターゲットにしているとは言えないでしょう。差別化戦略をとるということは、特定セグメントを狙うということなのです。言い換えると、業界全体を狙いたいのであれば、差別化戦略をとるべきではないのです。
今度は、あなたの企業がNo.1企業の場合を考えてみましょう。この場合、あなたが注力すべきは、2〜3番手企業との違いを作ることではなく、より多くの顧客のニーズにより高次元で応えることです。No.1の地位を確立するため、2〜3番手企業との「類似化(違いをなくすこと)」に注力することはあっても、「差別化(違いを作ること)」が良い戦略になることはないのです。
実際、『競争の戦略』の中にも、次のような記述があります。
“差別化に成功すると、ときには市場シェアの確保を不可能にすることもある。差別化が極端になると、一部特定の市場だけを対象にしなければならなくなるから、市場シェアとは矛盾するのである”
「差別化が極端になると」と書かれていますが、市場が成熟した現代においては、中途半端な差別化が競争優位性になることはないでしょう。消費者に「違い」として認識されないか、あるいは競合から容易に模倣されるのがオチです。
前置きが長くなりましたが、以上のことを踏まえ、私が考えた「4つ基本戦略」を紹介します。
筆者が考える「4つの基本戦略」

上図が、私が考える「4つの基本戦略」です。
縦軸は「機能・価格」で、上に行くほど高機能・多機能で高価格、下に行くほど機能はシンプルで低価格。価格競争が激しく、市場が成熟した現代において、高機能・多機能な商品を作ろうと思えば、当然価格は他社より高くなり、逆に安くしようと思えば、機能を省いてシンプルにする必要があるという考え方です。
横軸は「ニーズ・市場」としました。広いニーズに応えることで広い市場を獲得するのか、狭いニーズに絞って特定の市場(セグメント)を獲得するのか。
このように分類すると、右上と右下には空白地帯が生まれます。高機能・多機能で高価な商品を購入できるのは一部の消費者に限られるため、広い市場を獲得することはできません(右上)。同様に、シンプルな機能で満足する消費者も一部に限られるためです(右下)。
そして、残ったエリアを4つに分類しました。
<4つの基本戦略>
・No.1戦略
・差別化戦略
・プレミアム戦略
・ミニマル戦略
図の中では、各エリアの大きさで、それぞれの市場規模を表現していますが、そのバランスは業界によって異なります。自社が狙う業界の市場バランスを考慮しながら、最適な戦略を選択するようにしましょう。
No.1戦略
No.1戦略とは、広い市場を狙い、業界のリーダーになることを目指す戦略です。現時点で業界最大手の企業であれば、当然No.1戦略をとることになりますが、2〜3番手の企業も、No.1を本気で目指すのであれば、No.1戦略をとることになります。
No.1戦略で大切なことは、より多くの顧客のニーズに、より高いレベルで応えることです。
同じくNo.1を目指す競合がいる場合は、同じ市場の同じ顧客を狙っているわけなので、競合を「上回る」ことが重要です。競合が自社にない価値を提供をしているのであれば、「違いをなくす」類似化を図る必要もあります。しかし、競合との「違いを作る」差別化は重要ではありません。No.1戦略をとる企業が向き合うべきなのは、競合ではなく、あくまで市場の顧客なのです。
No.1戦略で得られるメリットは強力です。市場のリーダーとなり、「◯◯といえば、××」という第一想起を獲得できれば、大きな競争優位性が手に入ります。No.1という事実がもたらす信頼性も絶大です。それだけでなく、業種によっては、顧客が増えることでその商品・サービス自体の価値が増す「ネットワーク効果」が得られたり、「規模の経済」が働き、コスト削減を実現できたりもします。
ただし、当然、誰でもNo.1を目指せるわけではありません。現時点でNo.1企業との差が大きければ大きいほど、難易度は高くなり、多額の設備投資や人件費、マーケティング予算も必要になるでしょう。No.1になりたい気持ちは多くの経営者にあると思いますが、現実としてNo.1戦略をとることが有効か、冷静に判断する必要があります。
もちろん、実際にNo.1を目指すうえでは、より具体的なマーケティング戦略も必要になりますが、それにはさまざまな選択肢があるため、ここでは詳述を避けます。ただ私が言いたいのは、「本気でNo.1を目指す」のか、それとも「No.1は目指さずに、狭い市場(特定セグメント)を狙うのか」の選択を最初にきちんと行うこと大切だということです。
差別化戦略
市場のNo.1を目指さないのであれば、特定セグメントにターゲットを絞って戦うことになります。ポーターが言うところの「集中戦略」です。私は、その集中戦略を価格帯によって、「プレミアム戦略」「差別化戦略」「ミニマル戦略」に分類しました。
集中戦略の中でも、価格以外の要素で競合と優位な違いを作る戦略を「差別化戦略」と呼んでいます。ただし、勘違いをしてはいけません。重要なことは、競合との「違いを作ること」ではなく、競合の商品・サービスでは満足できていない「特定セグメントのニーズに特化して応えること」です。
たとえ特定のセグメントだとしても、そのセグメントで確固たるポジションを確立できれば、市場内でも「△△な◯◯といえば、××」というブランドを築けます。そうなれば、そのセグメントでの競争優位性は高まり、安易な価格競争からも脱却できるでしょう。
ただし「差別化」には、意味のある差別化とそうでないものがあるので注意が必要です。そのあたりについては、以前書いた記事『「差別化」の落とし穴を回避する4つの質問』もご参照ください。
また、差別化戦略をとるうえで認識しておく必要があるのは、前述した通り、差別化戦略で業界全体は狙えない、つまり、業界のNo.1にはなれないということです。特に、業界2〜3番手の企業の場合は、「No.1戦略」と「差別化戦略」のどちらを選択するのか、明確にする必要があります。中途半端が一番良くないことは言うまでもありません。
プレミアム戦略
プレミアム戦略では、「ほどよい機能・ほどよい価格」の商品では満足できない特定のセグメントをターゲットにします。成城石井、星野リゾート、レクサス、BALMUDAなどを想像してもらえれば、イメージしやすいかと思います。
当然、価格が高くなればなるほど、手が届く消費者の数は減ってしまいますが、「高くてもいいから高機能な商品・サービスが欲しい」と思う顧客はどんな業界にも一定数存在します。また、一度プレミアム市場で強いブランドを確立できれば、高い収益性も確保できるでしょう。
ただし、言うのは簡単ですし、魅力的な市場に見えるでしょうが、プレミアムな商品・サービスを望む顧客のニーズに応えることは容易ではありません。それ相応の、他社には真似できない専門知識や高い技術力、培ってきたブランド力などが求められます。プレミアム市場で自社が競合に勝てる明確な理由がないのであれば、プレミアム戦略をとることはおすすめしません。
また、「高いけど高機能」というブランド認知が極めて重要なため、安易に低価格な商品に手を伸ばすことはできません。そのため、顧客層を増やすことが難しいというデメリットがあることも認識しておく必要があるでしょう。
ミニマル戦略
一般的な商品・サービスでは満足できない顧客がいるのと同じように、一般的な商品・サービスは「過剰」だと感じる顧客も存在します。もっと機能や価値は減らしてもいいので、その分、価格を安くしてほしいと望む層です。ここには、価格が理由で、そのカテゴリーの商品・サービスをまだ購入したことがない「未顧客」も含まれます。
そのようなセグメントをターゲットに、低価格で、必要最低限のシンプルな機能を備えた商品・サービスを提供するのが「ミニマル戦略」です。
わかりやすい例としては、GU、QBハウス、ライフネット生命、小さなお葬式などが挙げられます。
業界にもよりますが、プレミアム戦略に比べると、対象となるターゲット顧客は比較的多い傾向があります。その反面、価格が安い分、利益の確保が難しく、薄利多売になりやすいのが難点です。
ミニマル戦略をとる際は、どの機能や価値を省くのか、どうやって価格を劇的に抑えるのかがポイントです。他社には真似できないような規模の経済を利用するのか、あるいは、業界の固定概念をひっくり返すような、イノベーティブなアイデアがあるのか。さもなければ、他社も容易に模倣できてしまうことを忘れてはいけません。
さいごに
今回紹介した「4つの基本戦略」は、あくまで「基本戦略」です。そのため、このどれかを選べばそれだけでうまくいくという類のものではありません。
実際の競争の中では、ここで選択した「基本戦略」をベースに、より具体的な「マーケティング戦略」が必要になるでしょう。しかし、基本戦略がなければ、適切なマーケティング戦略を立てることは不可能ですし、基本戦略を誤れば、どれだけ優れたマーケティング戦略や戦術を実行しても、大きな成果を得ることはできません。
特に地方の中小企業では、この「基本戦略」が曖昧なままビジネスをしていることが少なくありません。もしそのような状況なのであれば、一度立ち止まって、自社の「基本戦略」を明確にし、それを社内で認識統一したうえで、ビジネスやマーケティングに取り組むことをおすすめします。
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<補足>
今回、私が考える「4つの基本戦略」を整理するうえで、ポーターの「3つの基本戦略」に加えて、アンソニー (トニー)・ウルウィック の「ジョブ理論マトリクス」も参考にしました。結果的に、どちらとも異なる考え方にはなっていますが、「ジョブ理論マトリクス」のおかげで、「3つの基本戦略」の疑問点がクリアになったという側面は大いにあります。ご興味のある方は、下記もご参照ください。
→ アンソニー (トニー)・ウルウィック 「ジョブ理論マトリクス」
